3-8 Start of Highschool Life

「いやあああああああああっ!!」
突然あがった寮中に響く悲鳴に、ちょうど入り口にいた春海と誠伍が即座に反応を示した。
「…ちっ…あのバカ…」
声の主はおおよそ見当がついている。
そして、何が起こったのかも。
春海の舌打ちが聞こえるか否かのうちに、
「行くぞ、春海」
誠伍が一足早く、悲鳴の上がった場所へ足を急がせた。
春海も一歩遅れて走り出す。

「成美!!」
ノックも無く、ドアが荒々しく開けられる。
その中で春海と誠伍がまず目にしたものは。
壁際にその背を預けてへたり込みながら真っ赤な顔で反対側のベッドに突っ伏して倒れている成美を睨みつけている阿貴の姿。
あまりの経験に頭に血が昇っているのか、春海達が部屋に入ってきたのも気付かない様子で。
息を荒くしながら、その目は今にも涙を零しそうで。
恐怖のためか、身体がかたかた震えている。
春海が、阿貴に駆け寄り、肩を掴んで軽く揺さぶり、
「大丈夫か…?しっかりしろ、やっぱり成美か?」
「あ…っ…」
ようやく落着いてきたか、その存在に気付いた阿貴が、若干「やっぱり」を強調する春海の問いに、こくん、と頷く。

「………」
額に手を当てながら、一つため息をつく誠伍。
そのまま成美が倒れているほうへ歩み寄り、おもむろにその細腰を蹴っ飛ばした。

「っ…いった…ーい…」
突き飛ばされた拍子でベッドにぶつけたらしい後頭部を右手で抑えながら、唐突に意識を引っ張り戻した腰の痛みに、むっくりと起き上がった成美の視界に最初に入ったのは。
自分を怖い顔で見下ろしている誠伍の顔だった。
立ち上がって、そのくりくりの目で自分より10cm以上上の相手睨みつけて。
「何すんのさぁ!誠伍!今蹴ったの君でしょぉ?痛いじゃないかぁ!」
「痛いじゃないかぁ、じゃ、ない!!てめえこそ何してやがるんだ!この節操なし!!」
食って掛かる成美以上の大声を上げて大喝する誠伍。
…やばいなぁ…誠伍、本気で怒ってるぅ…
即座に成美は思った。

部屋に入ってきた時の状況で、即座に大体の状況は察せられた。
成美との長い付き合い。
一年以上いて慣れ親しんだ、「ここは青碧」という、いかなる理不尽もまかり通る理屈。
誠伍はあきれ返って、
「お前なぁ…」
「だって、」
誠伍が何か言うよりも早く、成美が口を開く。
「ガマンできなかったんだもん。この子があんまり可愛いから、つい…」
「つい?」
とりあえず聞いてやるから言ってみろ。
そんな誠伍の無言の圧力に屈したか、成美は素直に正直に白状した。
「…押し倒して、キスしちゃった」
ごめんね、と可愛く言う成美。
その言葉に。

「オレはそこまでしろとは言ってねえぞ!!」

…あ、バカ…
成美は思った。
よりによって寮髄一の常識人・誠伍の目の前で。
こんな事ばらしてしまうなんて。

つい口に出してしまってから、春海もさすがに自分の発言で墓穴を掘ったことに気付いた。
ちら、と誠伍のほうを見やると。
ものすごく怖い顔で睨みつけられて慌てて視線をそらす。
そんな春海につかつかと歩み寄って、
「…一体どういう事だ?事と次第によってはタダじゃ済ませんぞ」
さっき成美の部屋に行ってたのは、そう言うことだったのか。
確信をこめて問う誠伍に。
先に口を開いたのは、成美のほうだった。
「あのね、誠伍。ぼくは春海に、『新入生を驚かせてやろうぜ』って言われたの。だからその通りにしたんだよ。悪いのはみんな春海なの」
全責任を押し付けようとする成美に、春海が慌てて、
「手順だったらもう少ししたらオレが入ってきて、ドッキリだって言う予定だったのに、何先走ってんだ!オレ一人のせいにするな!成美!」
「あーん、酷いよぉ、ぼくも最初はそのつもりだったんだよ?だけどね、だけど、ぼく、この子の事本気で好きになったんだもんっ!だから…」
この言い争いに、よくわかった、と頷き。
誠伍は二人の頭を思い切り平手で引っ叩いた。

「いったぁーい!!何すんのさぁ!誠伍!バカになったらどうしてくれるのさー!」
「てめえ誠伍!有段者が素人に手を上げていいと思ってるのか!!」
お前らがそれ以上バカになるかっ!!!
先ほどの平手以上にきつい一言を叩き込んで、誠伍はへたり込んだままの阿貴に、
「大丈夫か」
と、声をかけた。
「はい…これって…これってどういうことなんですか?」
ようやく平静を取り戻した阿貴に、
「聞いていただろう…そう言うことだ…」
あきれ返りながら、話を一通り聞いていたであろう阿貴に改めて説明してやろうとする誠伍の機先を制して、春海が。
「あー…すまん、成美の事はオレが代わりに謝る。これも…君の事を想ってやったことだと思って許してやってくれ…」
この期に及んで責任逃れを試みる春海。
だが、それも誠伍の後に続く言葉が不可能にしてしまう。
「怖い思いをさせた張本人は確かに成美だけど、これも全てこのバカが大本なんだ。青光寮伝統の新人歓迎と銘打ってな…あ・そうだ春海。お前さっき何かあったらオレが責任取るって言ってたな?」
「あ・オレ仕事しなきゃ…」
「逃げるな」
白々しくその場を去ろうとした春海の首根っこを引っ掴んで、強引に部屋に引き戻した。
「まぁせめてもの侘びの印に、こいつが責任とってくれるそうだから、煮るなり焼くなり好きにしてやってくれ」
「こら誠伍、何しやがるんだ、オレは寮長だぞ!」
じたばた暴れながら抗議の言葉を述べる春海に、誠伍はにべも無く。
「寮長だからこそ、きちんと責任を取るのが筋だろうが。あとは俺がやっておくから大人しく腹くくるんだな」
そう言うと、誠伍は、逃げるなよ、と言い残して、部屋を後にして、野次馬となっていた他の寮生も手際良く帰して。
青光寮120号室には。
阿貴と、成美と、春海の3人だけとなった。



あの後。
ひたすら阿貴に平謝りした2人が、ようやくまともに口を聞いてもらえるようになったのは、それから3日後のこと。
その間に。
宇都宮阿貴の名前は、青光寮のみならず、女子寮・碧林寮にすら知られるに至り。
春海・誠伍がわざわざ危惧することも無く。
阿貴はすんなりと寮に溶け込んでいたという。



あらゆる不安はあるけれども。
これが、阿貴の高校生活のスタート。


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