Scene2‐7 そして卒業式


あの合格発表の日から時は流れて、今日は海南中学の卒業式の日。
阿貴と秀人は青碧一本で無事に進路が決まり。
一樹は併願していた公立高校を落ちてしまい青碧に行く事になった。

それを知ったとき、
「お前、何で青碧受かっておいてそっちの方落ちるかな?」
と、呆れ半分に阿貴が言ったものだ。
一樹が受けた公立高校ははっきり言って青碧に比べるとレベルが一段落ちる学校だったからだ。
だが、それに対する一樹の返答はといえば、
「お嬢と同じ学校に行けると思ったら、気が抜けたんだよ」
そのためにあの時は本気出したんだ、とも言った一樹に対し、
……寧ろそっちで本気出せよ。
と、秀人とともに言葉には出さずに突っ込んだものである。


そして卒業式本番は何事もなく無事に終って。
しかし。
海南中髄一の有名人である阿貴、一樹、秀人の三人にとってはある意味これからが本番となることに。
その理由は。
玄関口で待ち構えていた下級生に取り囲まれたからだ。


この地域のヤンキーどもに顔が利く(自覚していないし寧ろ迷惑がっているのだが)秀人はやはりその手の連中に囲まれていて。
「高校行ってもついていきますから」
「高杉さんのいなくなった海南は俺たちに任せてください」
などと、本人にはその気はないのに勝手に番長に祭り上げられて迷惑しているのにこんなことを言われてうんざりした顔で。
「任せるから勝手にしてろ!」
とは言ったが。
それも致し方ないことである。
何せ一年のときに、当時から目立っていた秀人をシメようとした上級生をKOして以来、望みもしない形でこういう連中に付きまとわれ、事あるごとに喧嘩に巻き込まれては勝ち続けてきたのだから。
自分から決して喧嘩は売りに行かないが売られた喧嘩は100倍買い。
そんな秀人の身上が生んだ名声なのだから、仕方のないことで。


一樹のほうは圧倒的に女生徒が多い。
阿貴曰く、
「何でこんな馬鹿がもてるのか」
とは言うが、性格がナンパなこの男、外見だけは3人の中で一番イイ男なのだから、気持ちはわからなくもない。(あくまでも黙ってさえいれば、だが)
そしてこの男、自称フェミニストだけに一番女の子に人気があるのも頷ける気もするが、彼のおバカな素性を小学校時代から良く知っている秀人や、一年のときに同じクラスで出会って以来、(阿貴と秀人、一樹は小学校が別だった)その馬鹿っぷりを厭と言うほどよく見聞している阿貴に言わせると、
「知らないというのは幸せだな」
という感想を真っ先に抱いてしまう。
もっとも二人にしても、秀人は人並み外れた長身の持ち主でそこそこにはいい男なのだが、やはり怖くて女の子が近づき難く、阿貴にいたっては「可愛い」が真っ先に立って逆にそれが女子にはやっかまれる要因となるのか恋愛感情を持たれるには決して至らなくって。
(余談ではあるのだが阿貴はその可愛い顔と比較されるのを嫌われて座席を隣同士になりたがられなかった、というエピソードもあるくらいだ)
そんなやっかみも含んでの感想なのだが。


そして、阿貴のほうはといえば。
「先輩と同じ学校に行ったら、付き合ってください!」
「初めて見た時から好きでした」
「卒業記念に一度でいいからお願いします!(何)」
こんな告白を受けていた。
それに対して阿貴は憮然とした顔だ。
なぜなら。
こんな事を言っているのは全員が全員、男子生徒なのである。
…お前ら…
ただただ呆れるしかない阿貴。
小柄で童顔、女顔の3重苦(?)を背負っている阿貴は密かに海南のアイドルに祭り上げられているのだ。
阿貴は改めて、
(うちの連中は馬鹿ばっかりだ…)
と、嘆息するしかなかった。


そして。
やっと下級生から解放されたかと思えば、今度は同級生に以下同文。


そんな喧騒から解放されたのは教室を出てからすでに二時間が経過していて。
その家路にて。
「はぁ…寒い」
同級生下級生に学ランのボタンを全て奪い取られ厚手のコートの前を合わせながら。
元々寒さが苦手な阿貴が、1つため息をつく。
暦の上ではすでに春でも、ここは北国のこと、今だ身にしみる寒さはいかんともしがたく。
「そんなに寒いかぁ?…っと、寒いか。ったく、あいつら…」
秀人がぼやきながら阿貴同様に。
秀人も、一樹も状況は同じだ。
だが。
「これも有名人の宿命って奴だ。ま、いいんじゃねえの?」
3人の中で一樹だけが笑いながら言う。
ボタンを取られた相手が女の子ばかりだからだ。
「「お前はな」」
野郎どもに取られた2人が同時に突っ込む。


「俺だって可愛い子にボタン渡したかったぜ」
「秀はまだいいよ、変なのじゃないから。僕なんか告白されたんだよ?…本当にうちの奴らはバカばかりだよ」
その阿貴の言葉に、一樹が腹を抱えて大爆笑。
「何がおかしいんだよっ!」
その頭に鞄を振り上げて殴りつける阿貴。
「…って…だってよ…お前可愛いし」
「男が男にそんな事言われても全然嬉しくないっ!」
小さいころからその外見ゆえに散々女の子の扱いを受けてきた阿貴は、それを恥辱としか捕らえていない。
後輩に言われたなら、尚更のことだ。

「まぁ…オレは、あいつらの気持ち、分かるぜ」
一樹はそう言うと、今だむくれている阿貴の背後に回りこみ、その頭越しに手を伸ばして、その華奢な身体を抱き寄せた。
「…一体何の真似だよ?」
憮然とした口調で問いかける阿貴。
それに一樹は笑いながら、
「寒いんだろ?暖めてやるよ、オレの腕の中で」
「………殺すぞ」
阿貴のこの寒空をもしのぐ冷気のこもった台詞にも一樹は平然として阿貴の耳元へ顔を寄せて、
「好きだぜ、お嬢」
と、甘く囁いた。
「…………………」
それに対する阿貴の答えは。
遠慮解釈なしのわき腹への肘鉄だった。


「本当に、お前ってバカだな」
一部始終傍観を決め込んでいた秀人が悶絶している一樹にあからさまなアホを見る目で言い放つ。
しかし、一樹は尚、
「あ…愛が…痛いぜ…お嬢」
それに対して阿貴はにべも無く、
「痛いのはお前だ、このばかずきっ!」
………確かに。

ぼろぼろになった一樹をよそに、秀人が言い出す。
「お前…マジで寮に入るのか?」
「うん。前にも言ったろ」
阿貴は青碧を受験する時点で既に学園の寮に入ることを秀人や一樹には伝えていた。
青碧学園には、全国各地から生徒が集まるために、当然寮がある。
しかし、海南中は地元の碧市内。
寮に入らなければならないほど、家が遠いわけではない。
来るもの拒まず、の思想があって、地元の人間でも寮に入ることは出来るのだが。
「でも、何でそんなにこだわってるんだ?」
一樹の当然の問いに、阿貴は少しの間があって一言。
「ちょっと…ね…」
と、だけ答えた。
「お嬢」
そこで一樹は阿貴の正面に回りこんで、言った。
「悪いことは言わねえ、やめとけよ」
「何でだよ?」
真剣な顔の、一樹の答えは。
「オレの可愛いお嬢が、男子寮になんて…飢えたオオカミの群れに餌を投げ込むような…」
「誰がお前のだ、このばかずきっ!!」
その台詞を最後まで言わせないうちに叩き込まれた正拳突きに目を白黒させる(線目なのでわからないが)一樹にさらにきつい一言を叩き込む阿貴。
そして、
(一瞬でも真面目に聞いた僕が馬鹿だった…)
心の中で思う。
「あ…愛が…痛いぜ…」
「阿貴の言葉じゃねえけど、痛いのはお前だと俺も思うぜ」
呆れた口調の秀人に、一樹は、
「お前はお嬢見ても何にも感じねえのかよ?」
「男だと分かってるのに女に対するようなのは感じないな、お前じゃあるまいし」
「ほー…あん時、お前何したよ?」
「あん時」とは、受験の日の事。
それを蒸し返されて秀人の表情が一変した。
「てめえ…どうやら拳で語り合わねえとわからねえようだな」


所詮腕力で秀人に敵うはずもなく。
瞬殺された一樹は最早ゴミどころか屍と化して。
「あんなバカと高校まで一緒だなんて…僕、心から同情するよ、秀」
「ありがとよ。…いい加減何とかして欲しいぜ、この腐れ縁は」
結局。
高校生になってもこんなやり取りはきっと続くのだろう。
そう思った二人は、はぁ、と1つため息をついた。


一方。
こちらは海南中のある一室。
「教頭、やっと彼らが卒業しますな」
「この3年間…本当に長かったですな、校長」
「あの3人…高杉、石岡、宇都宮…彼らには本当に頭を悩まされましたからな…」
「校長…私は今日ほど嬉しい卒業式を迎えたことはありません」
「よし、今日は飲もうじゃないか」
「…医者に酒は止められているのではなかったのですか?」
「今日くらい…今日くらいは…いいでしょう…」
有名な3人組だからこそ、教師たちの心労は大きかったようで。
この日の校長、教頭の顔は、ここ3年間の中で見たことも無いほど生き生きと輝いていたというのは後日談である。


Back

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送