2-5 再会


阿貴が一樹の脛に蹴りを入れたちょうどその時。
「やったじゃない、二人とも。おめでと」
と、3人の後ろから女の子の声が聞こえた。
阿貴と秀人にはその声には聞き覚えがあった。
振り返るとそこには秀人が受験の日に一騒動起こした阿貴そっくりの美少女・唯貴が笑顔で立っていたのだ。


「えと…君は…西条…さん?」
ちゃんと紹介されて名前もちゃんと知っている。
それどころか前日まで頭の中に印象がはっきりと残っていて忘れてるはずが無い。
だが、まだあまり会った事の無い相手にファーストネームで呼びかけるなんて事は憚られて。
そんな阿貴に唯貴は、
「唯貴、って呼んで」
と、にっこりと笑った。
「この間は…悪かったな…」
バツの悪そうな顔で言うのは秀人だ。
それに唯貴はあっけらかんとした口調で、
「やだ、気にしないでよぉ。あれはもう終ったことでしょ?」
彼女はさっぱりとした気質の持ち主らしい。
「あたしも、受かってたわ。よろしくね」
彼女はにこ、と笑った。



「おい、秀人…これが例の…?」
この場で唯一「あの事件」を見ていない一樹が唯貴を見て一言。
「ん?あぁ、お前は初めて見るんだったな」
「あら、この人もお友達なの?初めまして。あたし、聖北中の西条唯貴」
笑顔でぺこ、とお辞儀する唯貴を、一樹は阿貴と見比べて改めて思った。

…こりゃあ間違えてもしょうがねえな…
今度は二人とも私服姿である。
はっきりと性別の見分けが付くはずの制服姿でさえ、例え不注意とはいえ見間違うほどによく似ているのに、これではもっと混乱するに違いない。


「…一樹?」
唯貴に紹介されてから少しの間があっても、二人を見比べ無言のままの一樹に、阿貴が声を掛ける。
その言葉に我に返る一樹。
「何を見惚れてるんだ、お前は」
秀人の呆れたような言葉に、
「いや、本当に可愛いなーって思ってな」
と、そこで一樹は急にまじめな顔になって、
「初めまして。石岡一樹です、噂には聞いていたけど、こんなに可愛いとは。以後よろしく」
軽い口調で、初対面に対してこんな口説き文句を言ってのける一樹に、阿貴も秀人も呆れ顔だ。
唯貴もきょとん、とした顔でこの長身優男を見上げている。
「こいつは女の子を見るといつもこうだから、気をつけてね」
呆れ顔のままで阿貴が付け足す。
お前という奴は余計なことを、と一樹が言いかかったところで、また違う方向から別の女の声が聞こえてきた。

「ゆー?ゆーじゃない?」
その声に唯貴が後ろを振り返る。
「翔子!」
「えっ?」
その名前に反応して阿貴が振り向くと、そこには昨日会った謎の少女、藤村翔子が唯貴に向かって手を振りながらこっちへ向かってきていたのだ。
「あの子は…」
その時、昨日の記憶が蘇る。
「偶然じゃない」
謎めいたあの言葉が。
(唯貴と知り合いだったのか…)
阿貴は思った。

そんな阿貴の様子をよそに、
「久し振りじゃない。ここ受けてたの?」
「そうよ、くす、忘れられてなくって良かったぁ。小学校以来じゃない」
「何言ってるの。忘れたくても忘れられないわよ」
と、再会を喜び合う二人。


そこへ翔子が傍にいた阿貴の姿を認めて。
「あら。阿貴ちゃん」
眼鏡越しに、愛想のいい笑顔でにこにこ手を振って。
「え?翔子、知ってるの?」
驚いた様子の唯貴。
「昨日、会ったのよ、ね?阿貴ちゃん」
さらりと、何でもないことのように言う翔子に、阿貴は、
「ちょっと待って、昨日言ってた事って、何なんだよ?僕たちが出会ったことは偶然じゃないとか…君は一体何を知ってると言うんだ?」
昨日のわずかな時間のやり取りが気になって、掴みかからん勢いでまくし立てた。
「翔子…?何かあったの?」
全くわけがわからない様子の唯貴。
だが、翔子の返事は、
「さあね」
くす、と無邪気なイタズラっぽい微笑で。
すっとぼける翔子に阿貴は怒り出して、
「ふざけるのもいい加減にしろ!」
普段の彼にしては珍しいくらいに熱くなって本当に掴みかからんとする勢いで。
「よせ!阿貴!」
「お嬢らしくない、一体どうしたって言うんだ」
秀人と一樹に止められ、この場所を思い出して平静を取り戻す阿貴。
「ごめん…もういいよ、離して…大丈夫だから」
素直に翔子に謝り、押さえ込んでいる大男二人に離れる様に言う阿貴。
「阿貴くん…?翔子…?一体何があったの?」
ただならぬ二人の様子にただ呆然の唯貴。
一方の翔子はと言えば、変わらぬマイペースのままで。
「ふふ。そりゃあ怒るわよね、何がなんだかわからないもの。でも」
と、彼女は一旦言葉を切って。
「いずれ、わかるわ。それは今じゃないけどね」
と。
そのもったいぶった言い回しに、
「変な翔子」
と、唯貴が言った。
昔からの知り合いの唯貴でさえ、この言動の真意はまるでわからない。

「あ。そうそう」
そこで唯貴は思い出したように。
「彼女のこと、紹介してなかったわね」
と、これまで全く事情がわからずに置いてけぼりを食らっていた二人に向かって、
「彼女、藤村翔子って言って、あたしとは小学校が同じだったの」
と、翔子を紹介した。
よろしく、と手を振る翔子。


藤村…翔子?
その名前を聞いて、一樹が固まった。
「あ…あの…藤村翔子?」
あの?
明らかに様子のおかしい一樹。
一体何があったのだろう、阿貴がそう問いかける間も無く。
「わ…悪い、お嬢、秀人!オレ…先に帰るわ」
何を思ったかその場から一目散に逃げるように。
一樹は走り去っていった…


それをそれぞれに奇妙に思った4人。
きょとん、とした顔でその背中を見送る女の子二人。
信じられないものを見る思いでそれを見ていた男二人。
一樹の素性をよく知っている阿貴と秀人にはとても信じられないことだったのだ。
あの一樹が。
初対面の唯貴に対してまでいきなり口説こうとしていたあの一樹が。
女を見て、名前を聞いただけで何も言わずに逃げ出してしまうなんて。
「翔子…彼に何かしたの?」
唯貴の言葉に翔子はまさか、と言って、
「やーねぇ、ゆーったら何かあったらすぐあたしが何かしたと思うんだからぁ」
彼とは初対面よ、と付け加えた。
対して。男二人。
…この女、何者?
とは、言葉には出さずに、しかしある意味畏敬の念をこめて翔子を見やる。


しばらくして。
阿貴が思い出したように翔子に、
「そういえば、君はどうだったの?」
と、尋ねた。
ここに来ているのだから受験生に間違いないと思って。
「あたし?あったわよ。よろしく、阿貴ちゃん」
当然のようにさらりと。
にこ、と笑顔を向けて翔子は答えた。


To be continued...

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