Scene 2 A Misterious Girl



2-1 一樹と阿貴



「あの事件」から時は流れてすでに3月になっていた。
公立高校受験を控えている平均的中学3年生が最もぴりぴりする時期。
ちなみに阿貴は青碧一本ですでに試験も終わりある程度気楽な立場ではあるはずなのだが、クラスメイトたちに、
「暇なら俺たちを助けろ」
とばかりに勉強の手伝いを頼まれていてそれなりに忙しい日々を過ごしていた。
ちなみに阿貴は学年の中でもトップクラスの成績である。

この日も例によってクラスメイトたちの自習に付き合ってあげていたら、教室のドアが開き、秀人とは違う長身細身の男が教室に入ってきた。
目はいつも閉じているかのような細目、すっきりとした顔立ち、髪はさらりと襟足にかかるかどうかの優男。
秀人の小学校以来の幼馴染、石岡一樹である。
入ってきた一樹は、教室の窓側前列の阿貴の席に当然のように近づき、その肩をぽん、と叩き、
「よう、お嬢」
と、呼びかけた。

お嬢、とは、阿貴のこの学校でのあだ名である。
日ごろ女っぽく見られることを気にしている阿貴はこの呼び名を気に入っていない。
しかし、何度も一樹にその呼び名をやめろと言っているにもかかわらず一向にやめようとしないためにすっかり諦めてしまい。
今や一樹だけではなく学校中にこの呼び名が定着してしまっていた。

「何か用か?一樹」
無愛想に返す阿貴に一樹は飄々とした口調で、
「お前な…遠路はるばる隣のクラスからやってきたこの友に対して随分とつっけんどんじゃないの?」
歩いて何歩の距離だというのか。
阿貴は呆れ半分に、
「そのわざわざ隣のクラスに一体何しに来たんだよ?」
今忙しいから大した話じゃないなら後にしてくれと言わんばかりの口調だ。

そもそも阿貴はこの一樹のことをあまり良く思っていなかった。
一年生のときに同じクラスで出会って、そのとき見た目から自分を女だと信じて疑わなかった一樹に猛烈なアタックを受けた過去があるのだ。
だが、入学当初仲が悪かった秀人と現在うまくやっていけてるのはこの男が間に入ったおかげでもあり。
一樹曰く阿貴は「前世の恋人」阿貴曰く一樹は「単なる悪友」という関係であった。

阿貴の言葉に一樹は、
「そうそう、お前に話があって来たんだよ」
「何?」
「この間の青碧での『事件』の話」
その言葉に阿貴は、
(またか………)
と、深くため息をついた。
あの時の事は現場にいた野次馬の中に同じ学校の同級生もいたようで。
以来阿貴も秀人も級友達に質問攻めにあっていてその件についてはいささか食傷気味だったのだ。

一樹はそんな阿貴の様子に委細構わず、
「なぁ?その時の話、詳しく聞かせてくれよ?」
ずずい、とばかりに身を乗り出してきた。
「はー…秀には聞かなかったのかよ?」
一樹と秀人は同じクラスだ。
「あいつはそんな話しゃべらねえよ。オレが問い詰めたら殴りかかってきやがってな。だから、お嬢に聞きに来たんだよ」
「へーぇ…」
秀人らしいな、と思いながら阿貴は気のない返事を返す。
一樹は軽く笑いながら、
「アイツも有名人だからな。お前も」

秀人は学校一の不良と呼ばれて、そのでかい体と並外れた喧嘩の強さで近隣の高校にもその名を知られる「有名人」だ。
本人はそう言われるのを迷惑がっているが、すっかり「海南中の頭」としての地位を確立されている。
対照的に阿貴は、その小さな体と可愛い顔で一部の男子に妖しい人気があり、しかしあの秀人と対等に付き合える数少ない男としてその外見以外にも独自の地位を確立されていた。
かく言う一樹も近隣に名を知られたプレイボーイであり、かつ学校内外の事情に詳しい情報通としての地位も確かにしている有名人でもある。
(余談…一樹は以前阿貴に「100人切りを達成した」と自慢してはその大きな目を点にさせた経歴がある…)

「まぁな、オレもアイツが女に殴られるような真似するとは思えなかったけど、いかんせん運と相手が悪かった。お嬢そっくりな女なんてな。あ、この話だって、下手すりゃお前が秀人を殴った、なんて言われてるんだぜ?」
「はぁ?」
「噂には尾ひれが付き物だ。もっと面白いネタ聞かせてやろうか?」
一樹のその言葉に、
「いらないよ」
と、つんとした態度で返す阿貴。
そこへ、
「おーい、お嬢、こっち来てくれー」
一樹の馬鹿トークで放っておかれていた級友の催促の声が聞こえてきた。
ちょうどこの話を打ち切りたかった阿貴にとっては天の助けとばかりに、
「ごめん、今行くよ」
と一樹を置いてその場へ向かおうとした。
が。
「待てよ」
とその手を掴まれて止められてしまった。
「おい………」
振り返って軽く睨む。
その視線に動じずに一樹はヘラヘラ笑いながら、
「ちょっと聞いてけよ?きっと面白いから」

………この男はどこまで僕を構いたがるのだろう…
口には出さずに胸のうちだけで思った。
しかし、一樹はこうなったらただ黙って帰る男ではない。
阿貴はそれを長い付き合いで十分に承知していたので、仕方なく級友に、
「ごめん、このバカ追い出したらすぐ行くから」
と言って一樹の話を聞くことにした。

一樹の話は大体こんな感じである。

1・何らかのきっかけで阿貴と秀人が大喧嘩をやらかした。(こんなのはまだ現実的でありうる話である。かつての2人がそんな状態だったから)
2・阿貴が本当に女になってしまった。(絶対にありえないことだがまだ現実的だ(?))
3・阿貴が分身してしまった。(何故こんな話が出てきたのか誰もわからないあたりが現実離れしすぎている…)
4・阿貴がドッペルゲンガーなる怪奇なものを見てしまいもうすぐ死んでしまうらしい。(この噂を流した奴は一体いつの時代の人間なのか…)

話を聞いた阿貴はあまりにもな荒唐無稽なとんでもない噂話に心底呆れ返ってその場からずるずると滑り落ちてしまっていた…

「はぁ………」
阿貴は盛大なため息をつきつつ額に手を当てて、
「うちの連中は馬鹿ばっかりかよ…」
と、呟いた。
一樹は笑いながら、
「ま、そう言いなさんなっての。これも有名人の宿命って奴だ。で、本当のところ、どうなんだよ?」
ここで止めておかないとまたどんな話が飛び出すか判らない。
そう思った阿貴は仕方なく可能な限り秀人の面子を立てながら「あの朝」の話を聞かせた。
一樹も断片的には知ってはいたが、「当人」の話を聞いてやっと納得した。

「お嬢…駄目だろ?何でそんな女の子の話を今までオレに黙ってたんだ?」
「阿貴そっくりの美少女」について聞いたときの一樹の反応である。
「お嬢の顔で本物の女の子がいたなんてなぁ………きっと、すげぇ可愛いんだろうなぁ」
………言うと思った………
「お前が本当に女だったらな、とは常々思ってたがな」
その言葉に阿貴は一樹をきっと睨みつける。
「………だからお前には特に言いたくなかったんだ」
「そんなつれない事言いなさんなっての」
と、一樹はいきなりきりっとした表情を見せて、阿貴の細い肩をつかんで引き寄せ、
「………お前…マジで可愛いぜ」
背中に手を回して抱きつこうとした。
「〜〜〜離せ!このばかずきっ!!」
肩を掴まれたまま。しかし腕力はなくても脚は出る。
阿貴はそう言うと一樹の腹に思いっきり膝蹴りをぶち込んでいた。


to be continued...

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